なめりかわ宿場回廊

Namerikawa Shuku-ba Kairo

いにしえの宿場町を訪ねる
回廊めぐり

かつて北陸街道の宿場町として栄えた滑川には、今もまちの中に歴史の痕跡が点在しています。
「なめりかわ宿場回廊」は、市内各所に設置されたサイン看板を手がかりに、宿場町の歴史や文化、まちの成り立ちを歩いて感じることができるまち歩きの取り組みです。

滑川は、古くから人や物資が行き交う交通の要所として発展し、宿場町として多くの人々で賑わってきました。現在も町割りや寺社、史跡などにその面影が残っています。

宿場回廊では、①〜⑬のサインをたどりながら、歴史の断片をつなぐようにまちを巡ることができます。気になる場所から自由に歩きながら、昔と今が重なり合う滑川の魅力を体感してみてください。

滑川の宿場町

現在地から巡れる宿場回廊マップ

Shuku-ba Kairo Map

番号をタップすると各看板の位置が分かります。

なめりかわ宿場回廊は、すべてを順番に巡る必要はありません。気になる場所から自由に歩き始めることができます。短い距離でも楽しめるので、時間や体力に合わせて無理なくまち歩きをお楽しみください。

まずはここから!滑川駅からのスタートがおすすめ

SRecommended Starting Point

なめりかわ宿場回廊は、市内に点在するサインを自由に巡ることができる回遊型のまち歩きです。はじめての方は、①番目のサインが設置されている「滑川駅」からスタートするのがおすすめです。

駅周辺から歩き始めることで、宿場町の歴史の流れを感じながら自然にまち歩きを楽しむことができます。
※おすすめの巡り方やモデルコースは、下記の専用ページで紹介しています。

看板一覧

Sign List

サインを手がかりに、宿場町の記憶を巡る。

  1. 北陸街道「滑川宿(なめりかわじゅく)みちしるべ」 看板

    平安期頃、今の市域辺りに「堀江荘」という京都衹園社の荘園がありました。文治2年に八坂社の六月会の費用を負担する料所として「梅沢・小泉・滑河」が指定されました。これが滑川の知名の所見です。

  2. ② 和田の浜「二大奇観とネブタ流し」

    和田の浜「二大奇観とネブタ流し」 看板

    かつて白砂青松の海岸だった和田の浜は、戦国時代の古戦場でした。この浜で毎年7月31日に行われる無病息災を願う「滑川のネブタ流し」は、国の重要無形民俗文化財指定されています。

    • 滑川のネブタ流し

      滑川のネブタ流し

      国の選択無形民俗文化財に指定されている無病息災を願う伝統的な火祭り。現在でも地域に受け継がれています。

      文化財
  3. ③ 常盤町と町域の拡大

    常盤町と町域の拡大 看板

    滑川宿東端の神明寺に連続して東に拡大したこの地域は、天保期に「新屋敷」と呼ばれました。万延元年に称永寺が現在地に移り、参道周辺に茶屋街が立ち並び、明治時代に常盤町と改められました。

    • 青山百爾の句碑

      青山百爾の句碑

      青山百爾の句を刻んだ文学碑。青山百爾は明治から昭和期にかけて活動し、郷土の風景や人々の暮らしを題材に多くの俳句を残しました。

      見所ポイント
    • 和田の浜 古戦場跡

      和田の浜 古戦場跡

      戦国時代の古戦場・和田の浜。かつてはいくつもの塚が残っており、豊臣秀吉が佐々成政攻めの際に上陸したとの伝説が伝わります。

      見所ポイント
  4. ④ 櫟原神社(いちはらじんじゃ)と神明町

    櫟原神社(いちはらじんじゃ)と神明町 看板

    櫟原神社は、江戸時代に柳原村からこの地に遷されました。境内には、松尾芭蕉の句碑が建立されています。天明3年の「滑川惣絵図」には「神明社」と記されており、この社地に成立したのが神明町です。

    • 芭蕉句碑

      芭蕉句碑

      松尾芭蕉の句「しばらくは花のうえなる月夜かな」を刻む碑。元禄4年の句とされ、現在は櫟原神社境内の公園にあります。

      見所ポイント
    • 常夜燈

      常夜燈

      文化12年5月、滑川宿坊肝煎や滑川裏方肝煎(裏方:漁村。その住民)などを歴任した名家・川瀬屋が寄進しました。市指定文化財。

      文化財
    • 櫟原神社

      櫟原神社

      人皇十三代成務天皇の勧請にして、後に大宝元年に再興されたと言い伝えられています。社殿、鳥居が国登録有形文化財に認定されています。

      文化財
  5. ⑤ 鍛冶屋橋と中町

    鍛冶屋橋と中町 看板

    江戸時代初期頃、神明町と中町の境界を成す大町川が街道を横切るあたりに鍛冶屋が置かれました。東側には、御蔵所があったため川に橋が架けられ鍛冶屋橋と呼ばれました。

    • 無縁寺

      無縁寺

      浄土宗寺院。度重なる大火を経て明治32年に尼寺として再興し、現在の本堂は昭和36年に建立されました。

      見所ポイント
    • 長福寺

      長福寺

      室町後期創建の日蓮宗寺院。松倉城下から戦乱で滑川へ移転し、度重なる火災を経て明治26年に本堂が再建されました。

      見所ポイント
  6. ⑥ 芭蕉「奥の細道」と川瀬屋

    芭蕉「奥の細道」と川瀬屋 看板

    松尾芭蕉と同行の曾良が「奥の細道」の旅において、元禄2年7月13日(新暦8月27日)の夕方に滑川に着いて宿をとったのが、旅籠「川瀬屋」と云われています。

  7. ⑦ 桐沢本陣と大町

    桐沢本陣と大町 看板

    大町は滑川発祥の町で、文治2年京都八坂社の荘園である堀江荘にあった「滑河村」は、ここに成立した村落であったと考えられています。慶長20年加賀藩によって北陸街道の宿場町として再編されました。

    • 滑川本陣跡

      滑川本陣跡

      江戸時代、参勤交代の大名が休泊した本陣跡。加賀藩の命で桐沢家が約200年勤めた格式ある屋敷の跡です。

      見所ポイント
  8. ⑧ 橋場

    滑川 橋場 看板

    北陸街道の中心部を流れる中川河口で町の東西を結ぶ橋の左岸を橋場といいます。藩政時代には、河口の船着き場で年責米が積み出されるなど、中新川郡の物資の集積地として賑わいました。

    • 旧嶋屋

      旧嶋屋

      旧嶋屋は旧北陸街道沿いの町家。格子戸や土蔵など当時の面影を残す建物は、貴重な歴史資源として保存されています。

      見所ポイント
    • 廣野家住宅主屋

      廣野家住宅主屋

      大正3年築の木造2階建住宅です。米騒動ゆかりの建物として知られ、町家風外観と数寄屋風の凝った造りが特徴です。

      文化財
    • 廣野医院

      廣野医院

      昭和7年築の木造2階建て洋風医院です。繊細な装飾が昭和初期の様式を伝え、平成10年まで診療が行われていました。

      文化財
    • 滑川館

      滑川館

      明治期に建てられた加藤家の邸宅で、後に土肥家が旅館を営んでいました。本館、道具蔵が国登録有形文化財に指定されています。

      文化財
  9. ⑨ 瀬羽町(せわまち)と信仰の道

    瀬羽町(せわまち)と信仰の道 看板

    橋場から西側の狭町(瀬羽町)は、文化10年には251軒の商売屋があり、商家が集まった町でした。町外れには街道から立山へと続く登拝道があり、道標が残っています。

    • 有隣庵(旧土肥家住宅)主屋

      有隣庵(旧土肥家住宅)主屋

      慶応2年の大火後に建てられた滑川最古の町屋です。旧北陸街道沿いに立ち、宿屋兼呉服商として栄えました。

      文化財
    • 城戸家住宅主屋

      城戸家住宅主屋

      江戸後期から味噌醤油醸造を営んだ商家です。明治初期再建の主屋は、北陸街道沿いに立つ町家建築の特徴を伝えています。

      文化財
    • 旧宮崎酒造店舗兼主屋ほか

      旧宮崎酒造店舗兼主屋ほか

      大規模商家の構えを残す旧酒造家です。明治期に酒造業を営み、店舗兼住宅・酒蔵など4棟が登録有形文化財です。

      文化財
    • 菅田家住宅主屋ほか

      菅田家住宅主屋ほか

      代々商いを広げた菅田家の住宅です。明治初期再建の主屋と安政2年築の衣装蔵が残り、登録有形文化財となっています。

      文化財
    • 養照寺本堂・本陣

      養照寺本堂・本陣

      加賀藩本陣も務めた真宗大谷派の名刹です。大火による焼失を経て、大正5年に現在の本堂が再建されました。

      文化財
    • 加積雪嶋神社

      加積雪嶋神社

      地域の信仰を今に伝える歴史ある神社です。「西の宮」とも呼ばれ東の櫟原神社とともに滑川の守り神とされてきました。

      文化財
    • 田中小学校旧本館

      田中小学校旧本館

      昭和11年築の木造校舎です。昭和初期の学校建築を代表する意匠を残し、富山県建築百選にも選ばれています。

      文化財
    • 立山・大岩道しるべ

      立山・大岩道しるべ

      文化8年(1811)の大岩山日石寺への道しるべ。参詣者を導くため設置され、現在は滑川市の市指定文化財となっています。

      文化財
  10. ⑩ 晒屋(さらしや)

    晒屋(さらしや) 看板

    新川木綿の生産がされ、綿屋・木綿の商売・染物屋で賑わっていた江戸時代に、町の中央を流れる中川の清流で綿布や麻布を川面にさらす「晒屋」がいたことから由来しています。

    • 八坂社

      八坂社

      天保13年に寺家村から分社されたものです。現社殿は昭和35年に本殿新築、拝殿増築したものです。

      見所ポイント
  11. くすりのまち滑川 看板

    享保18年、高月村の高田千右衛門が富山の薬種商松井屋源右衛門から「反魂丹」の製法を習いうけ、反魂丹屋千右衛門と名乗り製造販売したのが始まりとされます。

  12. ⑫ 四間町(しけんちょう)と徳城寺

    四間町(しけんちょう)と徳城寺 看板

    四間町は享和年間、人家が4軒あったことに由来します。徳城寺は、明治13年に現在地に移転してきました。境内には、明和元年に芭蕉70回君に翁を顕彰するために建立された有磯があります

    • 徳城寺

      徳城寺

      明治13年、現在地に移転。市指定文化財である室町期とされる梵鐘、釈迦三尊山幅図を所蔵しています。

      文化財
    • 句碑(有磯塚)

      句碑(有磯塚)

      松尾芭蕉の句を刻む碑。奥の細道の旅で滑川に立ち寄った縁から建立され、現在は徳城寺境内にあります。

      文化財
  13. ⑬ 吾妻町

    吾妻町 看板

    加賀藩の東の御蔵があったことから、東町と名付けられ、のちに吾妻町と改められました。江戸期には、滑川町東御蔵所は御台所と呼ばれ、6棟21倉の米蔵がありました。

    • 称永寺(浜の御坊)

      称永寺(浜の御坊)

      永正10年創建の浄土真宗大谷派寺院です。「浜の御坊」と親しまれ、移転を重ねつつ貴重な寺宝を伝えています。

      見所ポイント

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