なめりかわ宿場回廊めぐり「国登録有形文化財めぐり」

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Introduction

市内各所に設置されたサイン看板を手がかりに「なめりかわ宿場回廊」をめぐり、古くから人や物資が行き交う交通の要所として発展した、宿場町の歴史や文化、まちの成り立ちを歩いて感じ取ろう。

「国登録有形文化財めぐり」コースでは、市内各所に設置されたサイン看板と共に、歴史漂う建造物をめぐります。

主な移動方法|徒歩、コミュニティバス、電車

  • 北陸街道「滑川宿(なめりかわじゅく)みちしるべ」

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    北陸街道「滑川宿(なめりかわじゅく)みちしるべ」

    平安期頃、今の市域辺りに「堀江荘」という京都衹園社の荘園がありました。文治2年に八坂社の六月会の費用を負担する料所として「梅沢・小泉・滑河」が指定されました。これが滑川の知名の所見です。

  • 和田の浜「二大奇観とネブタ流し」

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    和田の浜「二大奇観とネブタ流し」

    かつて白砂青松の海岸だった和田の浜は、戦国時代の古戦場でした。この浜で毎年7月31日に行われる無病息災を願う「滑川のネブタ流し」は、国の重要無形民俗文化財指定されています。

  • 常盤町と町域の拡大

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    常盤町と町域の拡大

    滑川宿東端の神明寺に連続して東に拡大したこの地域は、天保期に「新屋敷」と呼ばれました。万延元年に称永寺が現在地に移り、参道周辺に茶屋街が立ち並び、明治時代に常盤町と改められました。

  • 櫟原神社(いちはらじんじゃ)と神明町

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    櫟原神社(いちはらじんじゃ)と神明町

    櫟原神社は、江戸時代に柳原村からこの地に遷されました。境内には、松尾芭蕉の句碑が建立されています。天明3年の「滑川惣絵図」には「神明社」と記されており、この社地に成立したのが神明町です。

  • 櫟原神社

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    櫟原神社

    人皇十三代成務天皇の勧請にして、後に大宝元年に再興されたと言い伝えられています。社殿、鳥居が国登録有形文化財に認定されています。

  • 鍛冶屋橋と中町

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    鍛冶屋橋と中町

    江戸時代初期頃、神明町と中町の境界を成す大町川が街道を横切るあたりに鍛冶屋が置かれました。東側には、御蔵所があったため川に橋が架けられ鍛冶屋橋と呼ばれました。

  • 小沢家住宅店蔵

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    小沢家住宅店蔵

    明治後期建築の重厚な土蔵造り。荒町で呉服商を営んだ小沢家の建物で、黒漆喰壁や雪割瓦など地方色豊かな意匠が残ります。

  • 芭蕉「奥の細道」と川瀬屋

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    芭蕉「奥の細道」と川瀬屋

    松尾芭蕉と同行の曾良が「奥の細道」の旅において、元禄2年7月13日(新暦8月27日)の夕方に滑川に着いて宿をとったのが、旅籠「川瀬屋」と云われています。

  • 桐沢本陣と大町

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    桐沢本陣と大町

    大町は滑川発祥の町で、文治2年京都八坂社の荘園である堀江荘にあった「滑河村」は、ここに成立した村落であったと考えられています。慶長20年加賀藩によって北陸街道の宿場町として再編されました。

  • 廣野家住宅

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    廣野家住宅

    大正3年築の木造2階建住宅です。米騒動ゆかりの建物として知られ、町家風外観と数寄屋風の凝った造りが特徴です。

  • 廣野医院

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    廣野医院

    昭和7年築の木造2階建て洋風医院です。繊細な装飾が昭和初期の様式を伝え、平成10年まで診療が行われていました。

  • 橋場

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    橋場

    北陸街道の中心部を流れる中川河口で町の東西を結ぶ橋の左岸を橋場と言います。藩政時代には、河口の船着き場で年貢米が積み出されるなど、中新川郡の物資の集積地として賑わいました。

  • 滑川館

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    滑川館

    明治20年築の邸宅建築です。町長を務めた加藤甚右衛門ゆかりの建物で、本館と道具蔵が登録有形文化財です。

  • 瀬羽町(せわまち)と信仰の道

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    瀬羽町(せわまち)と信仰の道

    橋場から西側の狭町(瀬羽町)は、文化10年には251軒の商売屋があり、商家が集まった町でした。町外れには街道から立山へと続く登拝道があり、道標が残っています。

  • 城戸家

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    城戸家

    江戸後期から味噌醤油醸造を営んだ商家です。明治初期再建の主屋は、北陸街道沿いに立つ町家建築の特徴を伝えています。

  • 有隣庵

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    有隣庵

    慶応2年の大火後に建てられた滑川最古の町屋です。旧北陸街道沿いに立ち、宿屋兼呉服商として栄えました。

  • 旧宮崎酒造

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    旧宮崎酒造

    大規模商家の構えを残す旧酒造家です。明治期に酒造業を営み、店舗兼住宅・酒蔵など4棟が登録有形文化財です。

  • 菅田家

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    菅田家

    代々商いを広げた菅田家の住宅です。明治初期再建の主屋と安政2年築の衣装蔵が残り、登録有形文化財となっています。

  • 養照寺

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    養照寺

    加賀藩本陣も務めた真宗大谷派の名刹です。大火による焼失を経て、大正5年に現在の本堂が再建されました。

  • 田中小学校 旧校舎

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    田中小学校 旧校舎

    昭和11年築の木造校舎です。昭和初期の学校建築を代表する意匠を残し、富山県建築百選にも選ばれています。

  • 晒屋(さらしや)

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    晒屋(さらしや)

    新川木綿の生産がされ、綿屋・木綿の商売・染物屋で賑わっていた江戸時代に、町の中央を流れる中川の清流で綿布や麻布を川面にさらす「晒屋」がいたことから由来しています。

  • くすりのまち滑川

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    くすりのまち滑川

    享保18年、高月村の高田千右衛門が富山の薬種商松井屋源右衛門から「反魂丹」の製法を習いうけ、反魂丹屋千右衛門と名乗り製造販売したのが始まりとされます。

  • 四間町(しけんちょう)と徳城寺

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    四間町(しけんちょう)と徳城寺

    四間町は享和年間、人家が4軒あったことに由来します。特城寺は、明治13年に現在地に移転してきました。境内には、明和元年に芭蕉70回忌に翁を顕彰するために建立された有磯塚があります。

  • 吾妻町

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    吾妻町

    加賀藩の東の御蔵があったことから、東町と名付けられ、のちに吾妻町と改められました。江戸期には、滑川町東御蔵所は御台所と呼ばれ、6棟21倉の米蔵がありました。

おすすめスケジュール

Spot.01〜24を順番にまわってみよう!