近世初頭、幕府は全国の主な画街道に、江戸(東京)の日本橋を起点として、一里(約4km)ごとに塚を築き、塚は街道をはさんで両側に盛土をしたのもで、中央に榎が植えられ、街道も目印になるとともに旅人の憩いの場ともなっていました。
越中には23基の一里塚が築かれたが、塚が残っているのは朝日町境・横水と、この滑川市坪川だけとなっています。ここに残る一里塚は、この付近の街道でもっとも高い位置にあり、街道の南北に対で築かれていました。
北側の塚は道路拡幅工事で削られてしまいましたが、南側は往事の原型を保持していると思われます。
一里塚【市指定文化財】
海エリア
歴史・文化
基本情報
- 所在地
- 富山県滑川市坪川203
- 駐⾞場
- 無し

なめりかわめぐり
Explore Namerikawa
